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“アナウンサーが自分のアイデンティティ”五戸美樹さん(日本)

2021年3月31日

今回の世界ウーマンインタビューは、プロアナウンサーの五戸美樹さんです。

元ニッポン放送アナウンサーで、現在はフリーアナウンサーとして文化放送やJ-WAVEなどに出演していらっしゃいます。

また、トーク講師、本の執筆、オンラインサロン運営者としても精力的に活動されており、昨年には声の知識とスキルに特化した研究所も立ち上げていらっしゃいます。

ファウンダーの藤村ローズが定期的にトークレッスンを受けているという繋がりから、今回のインタビューの機会を得ました。

親しみやすい笑顔からポンポンと紡ぎだされる言葉のテンポの心地良いこと!声を自由に操りわかりやすく説明くださいます。さすが声の専門家。

周囲の人からは「タフ!」と形容されるそうですが、美樹さんの声への情熱とパワーの源をじっくり伺いました!


憧れのアナウンサー生活は劣等感から始まった

事務局:美樹さん、本日はどうぞよろしくお願いします。早速ですが、アナウンサーを目指したきっかけ、経緯を教えてください。

美樹:はい、大学生の時にアナウンススクールに通ったのが直接のきっかけです。

それまで演劇やミュージカルをやっていまして。将来、女優としてやっていくことは難しいだろうなと思っていたのですが、エンターテインメイント業界で仕事がしたいとマスコミ就職を目指したんです。

当時「マスコミに行く人はアナウンススクールに通うといいらしい」という噂があってですね(笑)、TBSアナウンススクールに通いはじめました。スクールでは現役アナウンサーさんが体験したことをいろいろ聞かせてくれるんです。

そこで「人の役に立てる素晴らしい仕事だ!」と感激してアナウンサーになることを決意しました。全国受けて、たくさん落ちて、ニッポン放送で初めて内定をもらいました。

事務局:やはりアナウンサーになるのは狭き門なんですね。

美樹:そうですね~、東京キー局のアナウンサーは3000人に2~3人だけ合格する割合です。試験は順番があって、東京から始まって次の大阪、名古屋の準キー局で倍率1000倍程。その次の札幌、福岡、広島などの基幹局で倍率500倍くらいです。

キー局、準キー局までは記念受験が多くて、地方局まで行くと本気でアナウンサーを目指している人達が多いです。地方局の最終面接で残るのは大体同じメンバーだったりするんですよ。

イベント司会の一コマ

事務局:美樹さんは狭き門を潜り抜けて抜けて晴れてニッポン放送のアナウンサーとして採用されるわけですが、憧れのアナウンサー生活はどのようなものだったのでしょう。

美樹:いや~正直言うと、二度と戻りたくない地獄の時代でしたね!

事務局:ええ!地獄の時代ですか?

美樹:私、本当に下手だったんですよ。箸にも棒にもかからないというか。

話す声も、原稿の読み方も、相槌も、笑い方も「全部変だ。アナウンサー向いてない」って言われ続けました。

中継リポートは「今から公園行ってどんな天気か喋ってきて!」って言われて外に出るんですけど、最初の頃なんて「いい天気です」ぐらいしか思い浮かばなかったですし、取材してきたものを原稿にまとめて話す構成力なんかも全然なかったんですよ。

先輩方のレベルがはるかに高く感じて、劣等感を抱えましたね。

事務局:そ、そんな厳しいんですね、アナウンサーのお仕事って。どうやって克服されたんですか?

次のページ試行錯誤の先にみつけた自分の本当の声

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