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私のオーストラリア人生の初めの一歩。オーストラリアでの私の故郷、パースを想う

2021年6月5日
野林薫 (オーストラリア)

オーストラリアに導かれた(?)経緯

「オーストラリア」と聞いてまず思い浮かぶものといえば、あなたならば何でしょうか?

当時の私が「オーストラリア」と聞いて思い浮かべるものといえば、テレビや雑誌で繰り返し見たことがある「オペラハウス」でした。

日本に住んでいた頃、オーストラリアには全くと言っていいほど興味がなかった私。オーストラリアに対しては全く新鮮味を感じることができずに、「生涯訪ねる必要が無い国」という位置に置いていました。

そんな私が初めてオーストラリアに足を踏み入れたのは2004年。現在住んでいる東海岸のシドニーではなく、西海岸のパースに語学留学と旅行で3週間滞在しました。

生まれ育った福岡市で20年間勤めた金融機関を退職し、しばらく何の目的もなくぶらぶらしながら、短期語学留学に少々興味がわいていた私。

そんな時に、趣味で通っていた英会話スクールの受付の友人から、「ねぇ、パースなんかどう?コレ、安いよ!」って手渡されたパンフレット。

その時私の心に瞬時に浮かんだコメントといえば、「え??パースって…何それ?どこの国なの?全然聞いたことないんだけど…」この時生まれて初めて知った、オーストラリアのパースという街の存在。

「ふ〜ん、なんだか綺麗そうな街やん?費用も安いし、語学留学と旅行で3週間くらい行ってみるか」

このドラマティックでもなんでもない決断が、後に私の人生を180度変えることになるなんて、その時の私は想像さえしていませんでした。

あれからいろんな出会いや経験、そして自分自身の思いに導かれ、今はシドニーを「人生活動の場所」として生きております。

 

私の魂に入り込んだパースの美と不思議なパワー

生まれて初めての語学留学に訪れた初めての土地、オーストラリア、パースはそれはそれは美しい街でした。

日本では見たこともない果てしなく広がる荒れた大地やユーカリの森、白い砂浜と真っ青な海、手を伸ばせば届きそうな青空、見たこともないようなオウムやインコがそこら中を飛び回っていたり。

パースの小さな市街地のデパートやお店は夕方5時には閉店し、日曜日は正午に店が開きます。

日本とは全く違う環境に、「こんな場所がこの地球にあったなんて!!」という衝撃を受けました。私の目に映る全ての色彩が不思議なパワーを放っているように感じて仕方ありませんでした。

しかしながら、初めての語学学校は、全く楽しくありませんでした(笑)。

実用に使う英語スキルの欠如のせいで授業はチンプンカンプン。何も喋れず、聞き取れずで毎日半泣き気分で教室に座っていたのは、今となっては笑い話となりました。

どうにかこの苦行を乗り越えた私は、もっともっとパースを知りたくて、日本に帰る前に街を飛び出して5日間の旅に出ました。

この当時、数え切れないほどの固定観念で、自分自身を縛りつけて生きていた私。「自分がやりたい事をやる」なんて事は到底無理だと信じていたし、それより何より「やりたい事」なんてほぼゼロで、半ば諦めムードで生きていた39歳の私でした。

そんな枯渇した私の魂に、パースという土地は潤いと光を与えてくれたのです。

 

生まれて初めて味わった「自由」

運転手兼ガイドを含めて総勢5人でのツアー。全員初対面のメンバーが小さなバンに乗り込んで、どこまで行っても終わりが無いような道を目的地目指して走り続ける。

次の目的地まで4時間、5時間と走っている時に、窓からぼんやりと眺めていたオーストラリアの強烈な日差しと、荒涼とした大地から「自然の強さ」を感じたり、道路脇で出会ったカンガルーやエミューの親子連れに、生き物のたくましさを感じて胸が熱くなったり。

ツアーではバックパッカーに泊まり、夜はみんなで食事を作ったり、部屋は相部屋だったりと、初めて体験した旅のスタイルにかなり戸惑いを感じながらも、少し新鮮な気分になったり。

今振り返ってみると、この時の私は臆病、そして視野が狭過ぎたせいで、「自由」を受け入れる事ができなかったように思います。生まれて初めて味わった「自由」という感覚でした。

私にとって自由とは、色んなものを手放しながら少しずつ近づいていく「境地」な気がしてなりません。あの時、私が車窓から眺めていた荒涼としたオーストラリアの大地と眩しい光は、私にとって「自由の象徴」だったのかもしれません。

この、パースの短期語学留学を終えて帰国した私は、オーストラリアが頭から離れなくなってしまっていました。そして翌年の2005年、6カ月の語学留学の計画で再度パースに飛びました。あれから16年、1度も日本が恋しくなった事はありません。

私にとってオーストラリアという土地は、私の魂と肉体が仲良く一緒に生きていける場所なのではないかと思っています。

気が遠くなるような旅の行程で、ようやくここに帰って来た私の魂が喜んでいるような気がしてなりません。

Written by 野林薫(オーストラリア)

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