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アゼルバイジャンで特に大切な祝祭、春の新年を祝う「ノウルーズ」

2021年3月25日
岡田環 (アゼルバイジャン)

世界中で祝われる「ノウルーズ」

「今年は田舎のお母さんのところにも帰らないし」

友人がシェケルブラというこのお祭りの特別の菓子をこしらえて、私はそのおすそ分けにあずかっている。親族全員が賑やかに集まるであろう例年の食卓を思って、彼女はまた一つため息。残念だよね、本当に。

私はテーブルの上のサーマーニー飾りに目をやる。色とりどりの卵と美しい細工の手作りの菓子がきっちりと祭壇のように並べられて、もう祭りが近いことを知る。

3月の春分の日、昼と夜が当分の長さで訪れるこの日は、この国では特に大切な祝祭だ。

ノウルーズというこの祭りは、ペルシャ語が起源の「ノウ(新しい)」「ルーズ(日)」というその名が示すとおり、春の新年の訪れを祝う。

元来、農作業の暦の上での重要な日であったであろう春分の日の訪れを祝い、豊穣を願うという意味合いと、古いゾロアスター教の文化が相まって、等分の夜に篝火を灯してその聖なる力で穢れや悪運を払うという儀式的な意義がある。

この春の新年の祭りは、アゼルバイジャンだけでなく、ゾロアスター教の信仰を持つイランを中心に、新疆ウィグルから中央アジア、トルコ東部にわたるテュルク語文化圏から、インド・パキスタンの一部にまで及ぶ広い地域で祝祭とされている。

それぞれの国で祝いの儀式や作法に多少の違いはあるものの、家や公共の広場などを掃除して清めたり、祝いの食卓を準備したり、縁起物を飾るなど、日本の正月とも共通した風習の見られるところも、興味深い。

そしてこの祝祭にまつわるどの儀式においても、冬の終わりと春の訪れをいう命の再生を祝い、前年の穢れや邪気を払って新たな気持で新年を迎えるという、独特の清々しさがある。

 

今年はひっそり、ひと月前から始まるノウルーズの準備

祭りの準備は、春分の日とひと月前に始まり、毎火曜日ごとに、「火」「水」「土」などのテーマがあるそうだ。

それぞれの家庭では、綿密な手作業で、細かな細工の施されたとても美しい祝い菓子を焼いたり、豊穣の象徴である麦の若芽を栽培して、サーマーニーという縁起物の飾りを作ったり、先祖の墓参りをしたり、家の中を掃き清めたりしながら、祭りの到来を待つ。

春分の直近の最後の火曜には、客人を招いて祝宴を開き、篝火を焚いて、その上を飛び越えて、穢れと邪気を払う特別な儀式を行う。そしてその炎は、伝統的にはいにしえの拝火教寺院から火分けしてもらうのが望ましいという。

例年であれば、この儀式はたいそう賑やかで、街の中心の広場に大きなボンファイアが設えられて、民族楽器を奏で歌い、大道芸人がその妙技を披露し、人びとは賑やかに集って、夕べをそぞろ歩いて過ごす…

という光景が街のあちこちで見られるはずなのだけれど、今年は小さな花火が上がったくらいで、ひっそりと。

めいめいが家庭の裏庭や路地で小さな焚き火をしているのが、ぽつりぽつりと見られた程度の静かな祭りの前夜祭の夜。

 

ノウルーズの祝宴の食卓は7つの縁起物で賑やかに

家庭では食卓に若い麦芽の新年飾りサーマーニーを中心に、ペルシャ語で「ハフト・スィーン」と呼ばれる、それぞれSの綴りで始まる、スマック、酢、牛乳などの7つの縁起物を並べるのが古くからの習わし。

他には、色とりどりに色付けした卵や、シェケルブラ、パクラヴァなどの華やかなお菓子を並べ、それに伝統料理が加わった食卓は本当に賑やかで、宴席にお呼ばれするのははこの上ない楽しみになっている。

今年は少人数という制限はあるものの、ノウルーズのひと月前ほどから、スーパーマーケットなどでも、縁起物の飾りや祝宴用の菓子、ナッツ、ドライフルーツなどが美しくディスプレイされて並び始め、「ああ春がきたなあ」という実感を運んでくる。

とりわけ、この祭り用のお菓子が特別で、もちろん、スーパーマーケットやベーカリーでも簡単に購入できるけれども、手作りはまた格別の味で、友人がシェケルブラを作るというので、一緒に参加させてもらってきた。

生地はバターの入ったさくさくとしたタイプのパイ生地。アゼリーの女性は、本当に粉ものの生地を扱うのが上手で、手早くこね、ささっと薄く伸ばしてゆく。

その工程で使うのは、足のついた丸い薄い板のこね板で、生地をのばしてゆくのには、東アジアと同様の麺棒を使うので、なんだか親しみを感じる。

この菓子の中には、砕いた胡桃やヘーゼルナッツなどのナッツと砂糖をびっしりと詰める。この詰め物は、カルダモンで香りをつけることもある。

丸く抜いた生地に、その砂糖の詰め物を餃子の要領で包み、縁には小さなひだを寄せて閉じる。

そして最後に、ピンセットのような小さな器具で、麦の穂の文様を丁寧に寄せて美しく仕上げる。焼き色はあまりつけずに、オーブンで白い肌に焼き上げて。

これで半日以上の工程。大量に制作したシェケルブラを前に、友人は満足そうにその労をねぎらい、蝋燭を灯して(これも拝火教にルーツを持つこの祝祭の大事な要素だ)、熱いお茶をいれてくれた。

さくさくとしたパイに、ほろほろとした砂糖と木の実の餡、がつんと甘くて、濃く香り高いこの国のお茶とよく合う。

 

お家で楽しむコロナ禍のノウルーズ

春分の日から1週間続くノウルーズのお祭り。本来であれば、力自慢のレスリングや、伝統楽器の演奏、歌のコンテストや舞踊ショーなど、大きな篝火を囲んで様々に賑やかなイベントが行われるはずのバクー。

今年はその規模もずいぶんと縮小されて、公共交通機関も全面運休するなど、コロナ禍での規制もあって、静かな雰囲気。

そこで、友人とその子どもたちが、少しでもこの祝祭の雰囲気を再現しようと、窓に装飾をすることに。

聖なる炎のボンファイアやサーマニー(緑の麦芽)、この祭りのシンボルの二人の道化などのキャラクターを次々に描いて、楽しかった祭りの思い出をたくさん話してくれる。

そうして、こういうお祝いのしかたもあるのだね、と私たちは知る。

Written by 岡田環(アゼルバイジャン)

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