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マレーシアの医療レベルは?母子留学中に海外で手術を受けることになった話

2020年4月29日
土屋芳子

こわい、ドキドキ。手術当日とその後の経過

手術当日。目に注射!目にガスを入れる!その言葉だけでも怖くてドキドキしていましたが、安定剤をもらって飲んだら、次第にリラックスできました。

考えようによっては貴重な経験。こうなったらしっかりと見届けようという気持ちになり、手術着を着て診察台に上がりました。

術中は目だけの麻酔。麻酔の注射は少し痛かったけれど、あとは問題なし。針が目の中に入っている感じなどが見えて不思議な感覚。ラジオをつけてくれていたので、何か音楽も聞こえていました。

1時間ほどの手術で、目を覆われ、サングラスと目薬、痛み止めをもらってタクシーで帰宅。術後に目が痛んだのは1日だけで、2時間ごとに目薬を差して、10日ほどで充血もおさまりました。

日本では入院するようですが、ジョホールでは日帰り。1週間は食事のときなど以外は横になって安静するようにとのこと。ガスは上に上がるので、患部にガスがたまるように常に右向きで寝るようにという指導がありました。手術代はRM9800(約25万円)でした。

翌日、検査のために病院に行くと、目の覆いを外され、状況チェック。問題なし。5日後の再検査までは髪を洗ってはいけない(目に水などをいれないため)と言われ、帰宅。先生からは1人で手術を受けて1人で帰ったことを、勇敢だとほめられました。

自分が日本人気質だからか、まわりに迷惑をかけたくないという気持ちが働いて、1人で乗り切りましたが、友人達から付き添いや送迎の声をかけてもらって、本当に優しさがしみました。

それからは家でのんびり。友人達が、子供の学校の送り迎えや、休日に家に泊まらせてくれたりして子供のケアをしてくれたので、本当に助かりました。

術後の見え方は、片目が水の中にいるように、光は感じるけどぼやけた見え方でした。それが日が経つにつれ、ガスの量が減ってくると、ガスがない場所はクリアに見えるようになってきました。

グラスに水を注いで、そのグラス越しに世界を見ている感じ。水位が下がるごとにクリアに見える範囲が大きくなり、面白く感じていました。

 

治す方法は再手術のみ、2回目の手術とその経過

もう少しで全体がクリアになると思っていた頃、ちょうど術後3週間の検査に病院に行く予定の3日ほど前のある朝、視界が狭くなっていることに気づきました。またカーテンがかかっているような感じ。嫌な予感と不安。

検査に行くまでの3日間が、すごくどきどきして不安で、いてもたってもいられない気持ちでした。

病院で検査すると、患部は治ったけれど、それにともない引っ張られたのか、別の場所にいくつか穴が開いているとのこと。

再手術決定でした。治す方法は手術の1択。他の選択肢はないとのこと。

今度は目の中にオイルをいれ、3か月から6か月そのままの状態で網膜を安定させるとのこと。オイルが入っている間はよく見えないけど、飛行機には乗れる。手術後の完治の確立は70%。

この頃は日本でのコロナの状況がひどくなってきていて、もしも帰国しても、2週間は自主隔離が必要なので、それだけ手術の時期が遅れると考え、迷わずマレーシアでの手術を選択。早い方が不安に感じる期間が少ないので、翌日の手術をお願いしました。

手術も2回目となればお手の物。どうせ手術しなければならないと決まれば、不安な気持ちはそれほどありませんでした。また安定剤をもらって手術台に上がります。

今回は少し痛みを感じました。術後も目がごろごろとずっと痛い。目に入れたオイルが漏れないように、白目の表面の3カ所が、糸で縫われており、その糸の飛び出た部分がまぶたにあたって痛みを感じていたのでした。

先生はそれは最初から承知だったので安心。5日後に検査に行ったときに、糸を抜きました。これは麻酔をしていたけれど引っ張られるので痛かった。

2回目の手術代も同じくRM9800(約25万円)。抜糸後の痛みは1日でなくなりました。

現在、2回目の手術から術後2週間。今のところ目の様子は順調で問題ありません。

オイルが入っているからぼやけているのですが、あと2週間くらいたったら今の状態で視力検査をし、それにあわせた眼鏡を作れば、車の運転もできるみたいです。

そして3か月から6か月後に再手術をして、オイルを抜き、同時に白内障の手術をするそうです。(今後ガスやオイルの影響で白内障が確実にすすむので先に手術するらしい。)

 

不安な気持ちを解消するための思考

網膜剥離と分かってから、目の手術をするということにはやはり落ち込みました。電車のないジョホールバルで、車なしの生活をするというだけで、かなりの不便な生活になります。

しかし、友人の1週間のサポートがあったことと、有難いことに?その後マレーシアはロックダウンになったので、学校は休校になり、家にいる日々になりました。

「きっと網膜剥離にならなかったら、いつも自分は出歩いているから、コロナにかかって重症になるところだったのではないか?そこを神様に網膜剥離にされて助けられたのではないか?」と思うことにより、逆に自分にとって今がよい状態なのだと思い込むことができました。

1度目の手術後、視界が狭くなったときには、一番不安な気持ちになったのですが、この頃には、自宅にこもって3週間。毎日ずっと子供と2人で家にいて、子供だってストレスがたまっている頃です。私が不安だったり落ち込んだりイライラすることで、それが子供の気持ちに伝染するのは避けなければなりません。

なんとか明るく努めようと、目のことを考えないようにしようとした3日間が一番つらかった気がします。が、手術が必要と決まれば、もうやるしかないので不安や迷いはなく、そこからは明るい気持ちでいられています。

自宅にこもる日々では、「将来の仕事のために何かを形にしなければ」と焦る気持ちも出てくるのですが、とりあえずは体を休める安静の時期だとあきらめることにして、心地よいと感じる音楽や本に触れ、動き出せる日が来るまで静観するようにしています。

Written by 土屋芳子(マレーシア)

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